できれば映画に浸っていたい。。

鑑賞した映画のレビューや解説を勝手気ままに書いていきます。

時間を超越したコミュニケーションについて。〜映画「ひそひそ星」& 「すれ違いのダイアリーズ」〜

「ひそひそ星」(2015年)

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【あらすじ】

かなり先の未来、人類は多くの失敗(災害や戦争と思われる)を繰り返し、人口は激減。宇宙には平和が訪れているが、人口(?)の80%を占めるAI搭載ロボットが世界を支配している。(面白いのは、このロボットたちは決して20%の人間たちを虐げてはいない点。)

主人公は”鈴木洋子”を名乗るAI搭載のアンドロイド。彼女は、宇宙の様々な惑星に散り散りになって住んでいるわずかな”人々”の間を行き来しながら、(荷主や受け取り人にとって)思い出に満ちた荷物を送り届ける宇宙宅配便の”配達人”。

 

テレポーテーションの技術により荷物など瞬時に移動できるこの時代に、何故、人類は時間をかけて荷物の宅配を依頼するのか?鈴木洋子は、理解ができない。きっと”距離と時間に対する憧れは、人間にとって心臓のときめきのようなものだろう”と推察しているのだが。

 

ある時、鈴木洋子は”30dB以上の音を立てると人類は死んでしまう”という”ひそひそ星”を訪れる。彼女は影絵のように障子に映し出されたシルエットのような”人々”の暮らしの間を歩きつつ、受け取り人のいる場所へ向かっていく。。

 

【みどころ】

テーマは「記憶」。もっと踏み込んで言ってしまえば「喪失感を伴う記憶」=「郷愁」とも言えるだろう。
万人の心に響く可能性の高いテーマだが。。
意外と暗喩的に物語に仕込むのは難しくもあるのではなかろうか。

 

その記憶とは一体”何”なのか、”誰”がそれを失ったのか、これらは物語の語り手側が明示しないと、観る側の感動を呼ぶにいたらないのでは。本作では、残念ながら失った主体が”人類”という大きな括りの為か、それが感じられなかった。

 

とはいえ、目に映る画像は美しい。ジャンルとしてはSFの体をとっているのだが、主人公が訪れる惑星の風景(福島の被災地にてロケ)や宇宙船などのプロダクトデザインなど、観ていて飽きない。特に風景の映像については、間違いなくタルコフスキーの影響を受けているのだろう。

映画『ひそひそ星』予告編

 

モノクロ画面も高精細なためか、古ぼけた印象がなく、映像ひとつひとつがアート写真のように映えていた。
また、園監督が少年時代だったであろう昭和40年代前半頃のモノや風景が、デザイン含め映像のいたるところに溶け込んでいるような印象も。

 

さらに、”鈴木洋子”と言うキラキラ感の全くない名を名乗る(笑)、アンドロイドの主人公設定自体がなんとも興味深くもある。彼女は”宅配”を望む人間の気持ちが”解らない”と感じる時点で、もう既に”理屈では説明できない”人間の感情に憧れているのだろう。きっと、”距離と時間に対する憧れ”とはまさに、機械たる彼女に芽生えた”初めての感情”と言えるのではないだろうか。

 

 数々のメジャー作品を手がけながら、自主制作の形をとって、こういうコダワリの企画を世に出していく園子温の意欲は凄い。

オーダーに基づいた職人仕事をこなす一方で、今一番、日本で好きなことができる監督なのかも知れない。

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「すれ違いのダイアリーズ」(2014年)

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【あらすじ】

教員免許を取ったものの、なかなか教職に就けない主人公の青年”ソーン”。

必死の就活が功を奏したのか、やっとみつけた教師の仕事は僻地の水上学校へのたった1人での赴任だった。

 

不便な暮らしに苦労しながらも、奮闘するソーン。ただ、子供たちの気持ちに寄り添う余裕が持てないせいか、反発を受けたりと、なかなかいい関係性が築けない。

途方に暮れていたソーンだが、ある日たまたま手を伸ばした黒板の上に、少し古びたノートがあるのを見つける。

 

それは一年前に、自分と同じように赴任してきた若き女教師の日記帳だった。

そこには、自分と同じように壁にぶつかり苦しみながらも、成長していく彼女の活き活きとした姿が映し出されていた。

そんな日記を読みふけるうちに、ソーンは未だ会ったこともない彼女に”恋心”を抱くようになるが。。

  

【みどころ】

タイムマシンも出てこない、それ以前に、SFでもなければファンタジーですらないのに、時間を超えて男女がコミュニケーションを取り、恋に落ちてしまうという斬新なアイデア!しかも”水上学校”が舞台という、タイならではのオリジナリティ。やるね。

 

さらには途中で、”現在進行形”で描かれる側の主体が入れ替わるという巧みな構成。ヤバい。
中盤、ややご都合主義にみえてしまう展開もあるが、クライマックスの捻りが”技あり!”で帳消し(笑。
オマケに学園モノとしても、ちょっぴり泣けるシーンがあって、サービス精神満載の内容かと。


『すれ違いのダイアリーズ』予告編

 

主人公を演じるふたりも魅力的。
特に青年教師ソーン役のスクリット・ウィセートケーオ(本職は歌手らしい)。その”キュッ”っと上がった口角から繰り出される笑顔に(香取慎吾 似)、本作を観た全アジア女子は心を奪われるのでは??

「ラブアクチュアリー」を観て以来、”ラブコメ”映画ジャンキーになり果てた(笑)私が、自信をもってお勧めする一本!!

 

※↓出演しているネット番組でも本作を紹介させていただきました!


【映画情報】「ひそひそ星」「すれ違いのダイアリーズ」〜広尾のごきげん空模様 #60〜

 

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映画にみる、ヨーロッパの”死生観”。「神様メール」&「素敵なサプライズ 〜ブリュッセルの奇妙な代理店〜」

「神様メール」(2015年)

制作国:ベルギー・フランス・ルクセンブルク合作

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世の中の嫌なことって、全て一人(?)の意地の悪いゲスな神様のせいなんだよ、だからそいつを排除して、みんな幸せになっちゃおうぜぃ♫っていう、どこかシュールなファンタジー・コメディー。

 

原題は「新・新約聖書」。本作は、新約聖書をベースにした物語構造をもつ。

主人公の少女”エア”は、横暴な神(創造主)である父親に反発して彼の使うPC(笑)を操作し、全ての人類に彼(彼女)ら自身の余命年齢を知らせてしまうのだが。。

 

面白いのは、”知らせない”ことが創造主たる父親が考えた人類に対する”支配構造”であり、”知らせる”ことによって人々は”自律的に”良識ある行動を取り始めるといった物語の展開を見せる点だ。

少なくとも自分の死期を悟った人類に、意外や暴虐無尽な態度を取る輩は出てこない。これは性善説に基づいた価値観に基づくものと考えられる。

おそらく、本作で描かれる創造主(父親)は原理主義的で封建主義的な思想の象徴であり、娘の”エア”は自由主義的、共和主義的な思想の象徴なのだろう。

 

この映画の制作国のひとつであり物語の舞台でもある”ベルギー”は、世界で数少ない安楽死”を合法化している国のひとつ。この法律が前述の思想や価値観がベースに成立していると考えると、異国の我われには興味深い。

要は”人間たるもの、自らの命をコントロールする<権利>も<能力>も持ち合わせている筈だ”との考えが、本作に見え隠れしている気がしてならないのだ。

 


5月27日公開 映画『神様メール』予告編

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ただ、小難しいことを考えずとも、ジャコ・バン・ドルマル(監督・脚本)の美的価値観とか、”笑い”の琴線みたいものが垣間見えるようで楽しかった。クスッと笑えるような描写や、いちいち可愛いキャラなども登場して、ハマる人はハマるんじゃないかなと。また、薬味代わりに(?)少々ブラックな要素も挿入していて、お子様ランチ化を防いでいる。

 

スタッフは全く違うのだが、「アメリ」と、どこか似た世界観というか物語世界だなっという印象も。フランス語圏の人がもつ共通の感性ってあるのかも知れない。

 

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「素敵なサプライズ〜ブリュッセルの奇妙な代理店」(2015年)

制作国:オランダ

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たしかに面白かったし、エンターテイメント作品として楽しめたのだが、

オチが、、ちょっと私には受け入れられなかった。価値観というか、”死生観”が異なるのだろう。

 

登場人物は、皆よく描かれていて魅力的。

ストーリーもスリリングな展開の連続で、終始飽きさせない。

でもラストが、、、

 

劇中、”奇妙な代理店”の支配人が発するこんなセリフがある。「このビジネスは、いづれ合法化する、、云々」。。(※この代理店はベルギーのブリュッセルにあるという設定。制作国のオランダも”安楽死”は合法。)

きっと、この言葉に納得いくか否かが、この映画を愛せるかどうかの別れ目かと。

これは安楽死”が合法であるベルギー、オランダならではの価値観に基づくものであろう。

 

自らの”死”を選択する権利を持った”市民”。

この価値観を拡大解釈したとき、それが”死にゆく者の意思”であれば”他殺”も倫理的に”是”ではないかとの考えに行き着く可能性もある。”いい”か”悪い”かは別にしても、そんな思想がこの物語の根底にあることだけは、理解した上で鑑賞した方がいいのかも知れない。(※なお、医師による”積極的安楽死”はベルギー、オランダ両国とも法的に認められている。)

 


『素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店』予告篇

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(上記の議論は傍に置いておくにしても、)主人公の二人が惹かれ合うシークエンスは、わざとらしさがなく説得力もあってよかった。

特に浜辺でふたりが踊るシーン!

なんとも愛らしくて、トキメキがあって、邦題どおり”素敵”なシーンだった。

 

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【映画情報】「神様メール」「素敵なサプライズ」〜広尾のごきげん空模様 #62〜

イヂメぬかれるオトコたち。〜映画「ノック・ノック」&「白い肌の異常な夜」〜

「ノック・ノック」(2015年)


映画「ノック・ノック」ショートレビュー

【あらすじ】

愛妻と二人の子供に囲まれ、絵に描いたような平和な家庭生活を送る主人公エヴァン。

休日に家族とビーチへ出かける予定だったが、急に舞い込んだ仕事をこなすため、エヴァンだけが留守番することに。

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 夜、(独身時代に愛聴していたであろう)趣味のハードロックなどを大音量でかけながら、仕事に没頭していたエヴァン。外は激しい雨が降りしきる。

すると急に玄関のドアを繰り返し”ノック”する音が。”こんな時間に、誰が??”

怪訝に思いながらドアを開けてみると、そこには雨でずぶ濡れになった美女二人が。

どうやら道に迷ってしまったらしい。

 

風邪を引いたのか、くしゃみなどし始める彼女たちを気遣って、タクシーを呼ぶまでの間、暖をとるようにと部屋に招き入れたエヴァン。

ところが、実に奔放でオープンな彼女たちは、次第に執拗にエヴァンを誘惑し始める。。。

 

【みどころ、など】

ゾンビものを除く、ゴアなホラーが苦手だ。特に”拷問系”と”カニバリズム系”が。

この映画の監督イーライ・ロスの代表作は「ホステル」や「グリーン・インフェルノ」。もう超絶ゴアで拷問&カニバリズム作品がお好みのよう(笑。

よって、彼の作品は本作が初鑑賞。

(この映画には血糊たっぷりの残虐なシーンは一切ない)

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この監督、よほど”エエ格好しい”の偽善者が嫌いなのだろう。特に、”その自覚すら無い”連中が。ネット上などで見られる、前作(「グリーン・インフェルノ」)の鑑賞レビューで、”意識高い系”との言葉が頻発する理由がわかるような気がする。

そんなカッコつけたヤツらに中指立てて笑い飛ばしてる映画なんだろう、きっとこれは。

 


6/11公開映画「ノック・ノック」予告編

 

本作のジャンルを一言であらわすのは難しい。強いて言えば、スリラー色の強いブラック・コメディかと。少なくともホラーではない。演出上、観客を怖がらせようなどという意図を全く感じないからだ。逆に、ラストのフェイスブック(?)のクダリは爆笑してしまった(笑)。

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劇中、(自分にとって)冷や汗が出るくらいイヤ〜なシーンだったのは、”彼女たち”が狂気を剥き出しにする後半ではない。序盤の、主人公が誘惑されていくトコロ。あそこでキアヌ・リーブスが見せてくれたのは、(自分含め)多くのオトコが”自ら”経験したであろう、愛欲を目の前にした際の”欺瞞”と”自己防衛”に満ちた醜悪な態度だ。

特にキアヌ演じる主人公が「オレ、昔DJやってたんだ〜云々、、」のセリフを発するクダリ。恥ずかしくて顔から火が出そうな気分に陥ってしまうのである(笑)。

 

そんな調子コキ野郎に鉄槌をくだす本作。

もしかしたらイーライ・ロスは、本気でオトナの為の”新たな寓話”を作り出そうとしているのかも知れない。

 

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「白い肌の異常な夜」(1971年)  

時は南北戦争の末期。

クリント・イーストウッド演じる負傷兵の主人公は、敵軍領地内で行き倒れてしまう。そして、たまたま”そこに”居合わせた少女に救われ、彼女の暮らす女子学園の寄宿舎に匿われるが。。。

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 子供の頃、エロ映画と勘違いしてこっそり深夜テレビで鑑賞した作品(笑)。

たしかにエロティックな雰囲気も醸してはいるが。。内容は”愛欲系サイコ・サスペンス”といった感じ(ゴア描写は殆どありません) 。

 

なんせ戦争によって男たちを兵役に駆り出された”女子学園”が舞台なだけに、期せずして現れた”若きイケメン主人公”は、彼女たちの欲望を喚起してしまう。。

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ほどなく、若い女教師と恋仲になる主人公だが、それが(ミドルエイジの学園長を含む)周囲の嫉妬心を煽ることに。

更に、ちょいと奔放な女学生の誘惑に負けてしまった挙句、トラブルに巻き込まれた彼は階段から転げ落ち、足に大怪我を負う。

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さあ、ここで主人公たるイケメン君の”命を救う”という大義名分の下、学園長は何とも恐ろしい治療法を実践する。これが、”オトコいぢめ映画”の金字塔(笑)「ミザリー」をも凌駕する程の凄まじい恐怖感に溢れたシーンなのだ。

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当時、マカロニ・ウェスタンのヒーローやダーティハリーのイメージだったクリント・イーストウッドが、老若”女子”にいたぶられまくられるサマは、衝撃以外の何物でもなかった。そのショックたるや「ノック・ノック」を観たキアヌ・ファンの比ではない(笑)。

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 そして”最年少女子”にカメラが寄るラストカットは、ヒッチコックの「サイコ」を彷彿とさせる恐ろしさ。

 

監督ドン・シーゲル、主演クリント・イーストウッド、音楽ラロ・シフリンの組み合わせは、なんと意外なことに刑事アクションの名作「ダーティハリー」と同じ顔ぶれ。ジャンルは全く異なるが、主人公と対峙するのが”サイコパス”な要素を孕んでいる人物と考えれば、共通点もなくはない。

さらに、それまでヒロイックな主人公のイメージが強い”イケメン”役者をイヂメると言うコンセプトにおいては、前述の「ノック・ノック」と同じ韻を踏んだ作品とも言えるかも知れない。

 

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鉄男 TETSUO(1989年)

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この映画は、”サイバーパンク”の系譜に位置づけられる作品だが、他とは一線を画する強烈な個性を放つ。そこには近未来を想起させるようなシャープさやカッコ良さは無い。むしろ、なんかドロドロとした恐ろしさやエロさ、人間の業を具現化したような醜さを表出していると言える。

 

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主人公は”ある出来事”をきっかけに肉体が金属化していくのだが、これが、単なる金属化ではない。まるで打ち捨てられた工業製品=スクラッップのごとき造形の金属が瘤のようにゴボゴボと肉体から湧き出て侵食していく感じなのだ。

 

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  また、オープンニングのタイトルバックで表示される”普通サイズの怪人シリーズ”との文字が、なんだかウルトラQなんかを見てるようなワクワク感を奮い起こす。かといって決して子供向けでは無い、白黒じゃなかったら結構ヤバいんじゃ無いかってくらいグロいしエロいのだ。

 


TETSUO: THE IRON MAN (1989) HD

 

映像としては、”かかと”からのジェット噴射移動のシーンなど、ストップモーション・アニメを多用したアナログチックな特殊効果が、一層この映画に際立った個性を与えている。サイレント映画では無いが、終始、セリフは最低限に抑えられており、映像と音楽の絡み(特に鉄人化が進行していくクダリなど)も見事。日本語が解らない外国人から見れば、音楽PVにも見えるのではないだろうか。 

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とはいえ、物語性を排しているいるわけではないのも面白い。不条理さや不可解さはあるものの、しっかりと登場人物同士の絡みが存在するし、その感情のぶつかり合いから生まれる”パワー”こそが、この映画最大の魅力ではないだろうか。

クライマックス、対峙する”男”と”やつ”からほとばしるエネルギーに圧倒される。彼らは決して”潰し合い”の闘いをしているわけではない。じゃれあい、愛し合いながら”同化する術”を探り合っているのだ。

 

笑えて泣けて、あったかい。。映画「アスファルト」について。

アスファルト」(2015年)


映画『アスファルト』予告編

 

 笑いというのは実に奥深い。意外に、それは恐怖哀しみといった一見異なる感情の機微と表裏一体だから。

本作は、特に独特のユーモア(あるいはエスプリ?)哀切感との取り合わせが極めて印象的な傑作と言える。

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【あらすじ】

舞台はフランスの、いわば低所得者層が多く住んでいそうな集合住宅。ここの入居者四人から織り成される三組の男女の出逢い交流”を軸に物語が展開する。

 

1.”孤独な少年”と”落ち目の女優”

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少年は高校生ぐらいだろうか。母親は何故か殆ど帰宅せず、ほぼ一人暮らしの状態。近所に悪友はいるものの、孤独を癒すことはできていない。

ある日、彼が住む部屋の向かえに中年女性が引っ越してくる。彼女が鍵をインロックしてしまい、外に締め出されたことをきっかけに”ふたり”の交流が始まる

 

2.”息子と暮らせない女性"と”宇宙から不時着したNASAの宇宙飛行士”

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宇宙ステーションでの任務を終えたNASAの宇宙飛行士だが、何かの手違いかトラブルにより、この映画の舞台となっているフランスの団地(屋上!笑)に不時着してしまう。

地上(異国)での通信手段を持たぬ彼は、とっさに団地の部屋を訪ね、住人から電話を借りる。その部屋に住んでいたのはアルジェリア出身の孤独な壮年女性だった。

 

3.”事故で歩けなくなった男性"と”夜勤中の看護師”

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職業など素性は不明だが、とにかく利己的で協調性のない男性(笑)。彼の”ワガママ”ぶりは冒頭のシークエンスで描かれる。

ある日、彼は自室での不慮の事故により、一時的に歩けなくなってしまうのだが。。

素直になれないその性格ゆえに取った”奇異な行動”が、偶然の出逢いをもたらす。

 


【映画情報】「アスファルト」〜広尾のごきげん空模様#78〜 

【みどころ】

冒頭、団地の入居者によるエレベーター改修をめぐるミーティングの様子が映し出される。もう、実はこのシーンが結構な爆笑もの。ミニシアター向け映画特有の小洒落た雰囲気(?)を醸しつつも、けっこう序盤はストレートな笑い満載の流れをみせる。(しかし、意外に劇場は静かだったが   笑。)

 

そして次に、同じ団地に住む少年の孤独な暮らしむきを描くシークエンスへ。

彼が自転車を漕いで外へ飛び出すシーンがまた印象的。ここで彼の背中を追うカメラワークと流れる音楽が絡み合い、妙に(理屈ぬきで)哀切感を醸し出してくるから不思議。作品全体の奥深さ(笑いと哀しみのコラボレーション)を象徴するようなプロローグと言える。

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本作における笑い哀しみのエッセンスは、その両者が渾然一体となって溶け合っているわけではない。序盤からジワジワと笑わせつつ我々を物語世界へ引き込みながら、次第に、各々が抱える孤独感(もしくは喪失感)を漂わせてくる。

 

その孤独の正体は、劇中で”はっきりとは”明かされない。しかし、偶然の出逢いにより湧き出してきた希望によって、皮肉にも深い苦悩を背負ってきた過去が浮き彫りになってくるという、なんとも巧みな構造を成している。

 

だから、深い孤独感に溢れた物語ながら、観客は清々しい気分で劇場をあとにできるのだ。

 

【三つの物語を関連づけるシークエンス】 

この映画は前述したように、三組の男女の出逢いによる三つのストーリーで構成されている。ただ、オムニバスではない。それぞれの物語を成すシーンが入り混ざって進行していく。三組の登場人物同士が途中で関わりを持つかもしれないし、持たないかもしれない(このあたりは、是非ご自分で鑑賞して見届けて欲しい 笑)。

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ただ(同じ団地に住んでいることを除けば)一つだけ、三つの物語に共通したシークエンスがある。それは劇中、度々耳にする”不穏な物音”だ。ある者には”子供の悲鳴”に聞こえ、またある者には”悪魔の雄叫び”にも聞こえる。昔サーカスから逃げ出した虎の鳴き声だ、という者までいる。

登場人物をめぐる背景について、あまり詳しくは説明されない映画だが、皮肉なことに、この物音の正体はラストシーンで明かされる。

そして、そのラストが意味するものは何だったのだろうか。。。

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人間は”思い込み”の動物だ。親しい間柄の相手でさえ、お互いに”本当の意味で”理解し合うことなど中々出来ないだろう。本作の登場人物とて、出逢った相手の事をよくは解っていない。ところが、それでも”人はお互いに心を通わせ、癒しあうことができる筈だ”という暖かな希望を本作は指し示していると言えるのではないだろうか。 

 

www.asphalte-film.com 

 

アスファルト

制作年:2015年

制作国:フランス

監督・脚本:サミュエル・ベンシェトリ

上映時間:100分

配給:ミモザフィルムズ


www.asphalte-film.com

 

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愛すべきジム・ジャームッシュ初期の傑作たち。

ストレンジャー・ザン・パラダイス1984年)

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ニューヨーク〜クリーヴランド〜フロリダを舞台にした半ロード・ムービー。博打やイカサマで生計を立てる気ままな青年の二人組、ウィリーとエディ。ある日、母国ハンガリーから渡米してきたウィリーの従妹エヴァが、急に訪れてくるのだが。。

 


Stranger Than Paradise (1984) Trailer

 

全編、白黒で長回しカットを多用した作り。ロードショー当時はジム・ジャームッシュ云々というよりも、ジョン・ルーリー(スタイリッシュなイメージの強かったミュージシャン)主演のオシャレ映画って印象だった。

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主人公の所作や服装、部屋の感じ、車などの”スタイル”に興味を持てるか否かが、この映画を楽しめるかどうかの分かれ道なのかも知れない。それほど、大した出来事もなく淡々と物語は進行していくように見えるのだが。。

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ところが、このままでは終わらないのが本作の面白いところ。終盤、なんか突拍子もない出来事が急に飛び込んできて、実にシュールな展開となっていく。
そして、なんとも不思議な余韻に浸りながらエンドロールを眺めることになるのだ。

 

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ダウン・バイ・ロー(1986年)

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ひょんなことから同じタイミングで収監されてしまった3人の、出会いと交流が描かれた本作。序盤はそれまでのジムジャ作品のように、ちょっとシニカルに”引いた”タッチで始まるのだが、次第に3人の登場人物たちへフォーカスしていく。

 


DOWN BY LAW (1986) | Official UK Trailer - in cinemas 12th September

 

とにかく彼らのキャラがそれぞれに立っていて面白い。特に、役者としてのロベルト・ベニーニが素晴らしい!!一見ウザくも感じられるキャラなのだが、段々とこの物語に人間的な”暖かみ”と”ユーモア”を添える役割を果たしている。

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(妄想の域を超えないかもだが、、)もしかしたらジム・ジャームッシュは、ロベルト・ベニーニとの出会いによって、彼なりの(商業)映画のスタイルを完成できたのではないだろうか。この作品で感じた”暖かみ”は、処女作「パーマネント・バケーション」や前作「ストレンジャー・ザン・パラダイス」ではあまり感じられなかったからだ。

逆に、なんともシュールなラスト・シーンはまさに処女作から続く”ジムジャ節”(笑)。特に、前作ラストと”対”を成すような終わり方は、観る者の妄想を掻き立てて楽しい。

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映像は前作同様にモノクロだが、より絵画的で奥行きのある印象。撮影監督は前作と異なり、ヴィム・ヴェンダースの「パリ・テキサス」や、サリー・ポッターの「タンゴ・レッスン」を撮ったロビー・ミューラーが務めている。

 

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ナイト・オン・ザ・プラネット(1991年)

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北米や欧州など5つの街での、5つのエピソードからなるオムニバス作品。その全てが、夜間でのタクシーの運転手と乗車客の会話を中心に成立している。
そして、どの物語もジム・ジャームッシュ特有の、”何気ない日常をシニカルに切り取った”ようなシチュエーションに、”さりげない荒唐無稽さ”をしのばせていて、なんだか可笑しい。

 


Night on Earth - Trailer - Jim Jarmusch

 

とはいえこの映画、ガチなコメディでもない。一話から四話までは少しずつ”笑い”のトーンを上げていきつつも、ラストの五話では。。 なんかエンディングにかかる曲が、妙に胸に沁みる心境に。

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5つの中での個人的なお気に入りは、三話目”パリ編”。盲目の女性客を演じるベアトリス・ダルの強烈な演技と胸元(笑)が印象的。あい対するのは、コートジボワール出身の若くて少々意固地なタクシー運転手。彼が一目置いてしまうほどの、独特な魅力を放つキャラをダルが演じきっている。
そして、このエピソードのオチは、なんだかビートたけしの「座頭市」のラストを連想させるような、ちょっと粋な締め括りとなっているのだ。

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ゴジラ今昔物語。

ゴジラ(1954年)

これは”怪獣映画”の体をなした、極めてリアルな社会派ドラマだ。核開発など”力の論理による秩序形成”に対し、強い警鐘を鳴らす。

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「暴力による問題解決」に向けられた老教授の”憤り”

ゴジラの容赦なき破壊行為に対する民衆の”怒り”

純粋な研究活動のすえ、

恐ろしい技術を生み出してしまった青年科学者の”苦悩”。。

本作は、突如現れた”怪物の脅威”をめぐる人間模様を描き出した群像劇でもある。

 


ゴジラ

 

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そして、その”脅威”は繰り返される水爆実験が引き金となっている。東京を襲う惨状は、あたかも広島・長崎に投下された”原爆”東京大空襲を彷彿とさせ、当時の(日本の)観客にはトラウマ級の恐怖をもたらしたのではないだろうか。

 

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さらには日本人として、胸を締め付けられるような人々の行動に言葉を失う。

業務に殉じていくTVレポーターの最期、

燃えさかるビルの足元で幼な子を抱きしめうずくまる母親のつぶやき、

青年科学者が最後に選んだ悲痛な決断、、、


終戦からわずか9年後に完成した本作。そこでは、現在の我々とは異なる当時の日本人の”死生観”を垣間見ることができる。

ゴジラ

ゴジラ

 

 

シン・ゴジラ(2016年)

突然現れた”絶望的脅威”をめぐる人々の”群像劇”という意味では、初代「ゴジラ」の”骨組み”を踏襲した映画。初代~は、科学者を含む”市民目線”でのストーリー展開だったのに対し、今作では”政府・官僚”目線に。

”二大震災”と二次災害としての原発事故”を経験したわれわれ現代の日本人にとっては、”危機管理”を軸とした物語としてリアルに映る仕組みとなっている。

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今回のゴジラはいくつかの”変態”(変質者という意味ではない 笑。昆虫とか両生類によくあるやつ)を遂げる”完全生物”という設定も個性的で面白い。どこか「エイリアン」を連想させて、洋画派のSF映画ファンも喜ばせる仕掛けとも言えるのでは。

 


『シン・ゴジラ』予告

 

主要登場人物のキャラ設定もなかなか。

主人公の”内閣官房副長官”演じる長谷川博己も今作ではどハマり。正義漢でありながら、官僚独特の”なにか底知れぬもの”を持っていそうな人物像を見事に演じきっている。

その他、(”群像劇”だけに)セリフを発する登場人物だけでもかなりの多さだが、キャスティングとキャラ設定がどれもピシッとハマっていて素晴らしい。

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ただ、キャスティング面で唯一弱点があるとするならば、”米国大統領特使”役の石原さとみ、だろうか(笑)。個人的には、日本語話せるハリウッド女優起用すればいいのに~とか思ってしまった。

とはいえ、ゴジラ・ファンの大半はミドルエイジ以降の男性。”可愛いから許す”というファン心理までをも計算に入れているのだとしたら、庵野&樋口コンビは侮れない(笑)。

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ニキータ(1990年)

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物語の世界において、なんとも不条理な運命に翻弄され、もがく主人公の有り様は実に切なく哀しく、そして美しいものだ。

 

この映画の主人公、ニキータと名乗るその少女は、冒頭で情状酌量の余地が無いほどの重大な罪を犯して警察に捕らえられる。
それも、はずみでやってしまったようなレベルではない。狂犬のごとき粗暴なキャラクターの輩として彼女はスクリーンに登場する。

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そんな主人公ニキータは、彼女の天性ともいえる”殺傷能力”に目をつけた政府に戸籍を抹消され、直轄の暗殺者に仕立て上げられる。

 

冒頭で警察に捕まらなくとも、いずれは掃き溜めのような環境で犬死にしていてもおかしくなかった人物だけに、この状況は必ずしも不幸とは言えない。

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 ところが、”闇の”暗殺者学校を卒業し、シャバでの生活を始めた彼女は、たまたまスーパー出会ったレジ係の青年と恋に落ちる。そしてこの恋物語こそが、前述した環境を実に”不条理なもの”へと変化させてしまう。。

 


ニキータ

 

彼女の恐ろしい秘密を察した彼氏。その気遣いと愛情に満ちた言葉に、壁一枚隔てた向こう側で銃を握りしめながらも、思わず涙を拭うニキータの姿が忘れられない。

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自らの深い感情と運命に翻弄され、もがき苦しむそのサマは、フランス映画史に大きな足跡を残すほどの”美しさと切なさに”に満ち溢れている。

 

ニキータ (字幕版)

ニキータ (字幕版)

 

 

映画「ニュースの真相」で魅せる”レオニダス王”的 心意気。

「ニュースの真相」(2016年)

 興奮した!凄い面白い!!もしかしたら、(現時点での)本年マイベストワンかも。

2004年、CBSの番組がブチまけたジョージ・W・ブッシュ米大統領の軍歴詐称(?)疑惑報道。本作は、その”スクープ自体の真偽”が疑惑となってしまったという実話を描いたものだ。

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映画『ニュースの真相』予告篇<ロングVer.>

 

正直言って、本件における報道の真相などには、あまり興味がない。むしろジャーナリズムを生業にする人が、”正義”や”中立性”を高らかに謳うサマに遭遇すると”欺瞞”すら感じてしまう。

そんなことよりも、主人公の女性プロデューサーが醸す”哀切感が堪らないのだ。ケイト・ブランシェット演じる、その”敗軍の将”には、確固たる”物語”が存在する。(この”物語”は”仮説”とか”前提”と言い換えてもよいかも知れない。)人は常々”物語”に魅了されるもの。”報道”とはいえ、営利目的のメディアに乗っかる時点で、”物語”が要求されるのだと思う。したがって、彼女の仕事におけるスタンスは健全なのだ。

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終盤、彼女が自らのプライドを賭けた”物語”を武器に、内部調査委員会の連中と対峙する姿は、観ているこちら側の心を鷲掴みにして離さない。まるで「300(スリーハンドレッド)」の主人公がペルシア軍と向き合うクライマックス・シーンを彷彿とさせる勢いなのだ。

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『300<スリーハンドレッド>』予告編

 

キャスター役のロバート・レッドフォードもまた素晴らしい。彼がまるで主人公の労をねぎらうように、カメラに向けて語りかけるシーン。これを観て涙腺が暴発する観客も多いのではないだろうか。

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※出演しているネット番組でも本作を紹介させていただきました!


【映画情報】「ニュースの真相」「300<スリーハンドレッド>」「アンフレンデッド」〜広尾のごきげん空模様 #72〜

 

映画とナチス・ドイツ。。

「栄光のランナー 1936ベルリン」(2016年)

ナチス政権下のベルリンで開催された1936年のオリンピック。これは、その大会で前人未踏の四冠を果たしたアメリカ代表ランナー、ジェシー・オーエンスの半生を描いた伝記映画だ。


映画『栄光のランナー/1936ベルリン』予告編

 

ナチスによる”ユダヤ人差別”とアメリカ国内における”黒人差別”。物語はこの二つの人種差別を背景に、ベルリンオリンピック開催をめぐる”主人公ジェシーの葛藤”と、”アメリカ・ドイツ両国間での駆け引き”の二つを軸として展開していく。

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本作最大の特長は、主人公ジェシージェレミー・アイアンズ演じるUSOC委員を”二つの中心点”とした、登場人物一対一の”関わり”にフォーカスしている点。
前者の”それ”は、時の体制や社会的風潮にとらわれない個人間の友情や真摯なやり取りが爽やかで、熱い感動を呼ぶ。一方で、後者は善悪の境界線が揺らめく、実にビターでリアルな駆け引きに満ちている。

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この二つの異なる視点がコントラストとなって、この映画が極めてリアルなメッセージ性を帯びる結果となっているのだ。”キレイごと”では済まない世の中だからこそ、”キレイごと”を諦めない想いが胸に迫る。

 

終始、米国目線で描かれた”体”の作品だが、実はアメリカ資本は入っていない。フランス、ドイツ、カナダ合作の映画となっているのも面白い。

 

「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」(2014年)

実話を基にした本作は、パリ郊外の高校が舞台。落ちこぼれクラスの担当となった女教師ゲゲンは、相変わらずの”やんちゃ”ぶりを発揮する生徒たちに、ある提案をする。”ナチスホロコースト”をテーマに歴史コンクールへ参加することを。

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この物語は、コンクール出場をきっかけに再生していく生徒たちを描いているだけではない。むしろ、それはこの映画が伝えんとするメッセージの切り口に過ぎないと言えるだろう。

 


『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』予告 8月6日公開

 

信じられないような凄惨な”歴史的事実”を経て得た教訓でさえも、時の経過とともに”風化”していくという現実。それでもなお、我々は粘り強く”その教訓”を語り継ぐことを諦めていけない。
これが、この映画のメインテーマでありメッセージだ。

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冒頭のシークエンスは実にショッキング。これがアメリカに”自由の女神”を寄贈した国の教育現場なのか、目と耳を疑ってしまう。ここで、この映画のただならぬ有り様を観客に予感させるのだ。

 

主人公ゲゲンを演じたアリアンヌ・アスカリッド。彼女の抑えまくった演技が素晴らしい。多くの問題児を抱えたクラスを”コンクール参加”に向かわせたのは”弁舌さわやかな説得”でもなく、”あざとい策略”でもない。ただ粘り強くコトの本質を伝え続けることと、相手のコトバに耳を傾け続けること。気が遠くなるような忍耐と実践の繰り返しを以ってしか、周囲を動かすことはできないことを主人公の地味なキャラクターが教えてくれる。

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そして子供たちの教育現場こそが、近い将来の世界の縮図であること、だからこそ、学校教育の場が掛け替えの無いものだということを、この映画は静かに示唆している。

 

※出演しているネット番組でも本作を紹介させていただきました!


【映画情報】「栄光のランナー 1936ベルリン」「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」「ゴーストバスターズ」〜広尾のごきげん空模様 #73〜