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できれば映画に浸っていたい。。

鑑賞した映画のレビューや解説を勝手気ままに書いていきます。

JAZZにまつわる”ひたむきさ”と”狂気” / 映画『ブルーに生まれついて』レビュー

『ブルーに生まれついて』(2015年)

 監督/脚本/製作:

     ロバート・バドロー

 出演: イーサン・ホーク

     カルメン・イジョゴ

     カラム・キース・レニー

 製作国:アメリカ、カナダ、イギリス

 

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【ストーリーについて】

実在した名ジャズ・トランペッターでありヴォーカリストチェット・ベイカーを主人公に描いたラブ・ストーリー。そしてやはり怒涛のJAZZムービーでもある。

1950年代半ばには時代の寵児と評されるほど絶大な人気を誇ったチェット。ところが1960年代後半に差し掛かる頃には、ヘロイン常習による様々なトラブルに悩まされるありさま。さらにはドラッグ購入をめぐる売人とのトラブルで大怪我を負い、再起不能と揶揄される事態に。。そんな崖っぷちに立たされた主人公の再生物語が、彼を支える恋人ジェーンとの関係性を軸に展開していく。

 

この映画は、実在の人物を主人公としているため、一見”伝記モノ”のようにも見えるが、実際は(登場人物含め)多分にフィクション的な要素を孕んだ作品と言える。

(例えば、主人公の恋人ジェーンはチェットの元妻をモデルとしながらも、架空の人物と思われる。彼女がチェットと出逢うきっかけとなる”劇中劇=チェットの自伝映画プロジェクト”は、実はフィクションであり実在しないらしい。)

 

その結果、本作は創作された”フィクション性”によって、劇映画としての刺激と醍醐味を実現している。

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映画レビュー『ブルーに生まれついて』『セッション』広尾のシネマ☆JACK#10

 

【みどころ】

<二つの特長に大別される、本作の魅力>

チェットとジェーンの恋物語

  ふたりの(男女としての)関係性を描くシーンの数々が、なんとも甘味で素晴らしい。特に屋外ロケのシーンは際立って印象的。朝の陽光を思わせるような、うっすらとオレンジがかった優しい光が、まるで二人の親密さを象徴するよう。。

 

さらには、ベッドシーン。きわめて濃密でリアルな描写ながら、それはジェーンのチェットに対する愛情の深さを表現することに”振り切って”いて、まったくエロさが無い。

その昔、「エマニエル夫人」を劇場鑑賞した親戚の女子高生が「ぜんぜん、いやらしくなかった〜!」などと宣った”ハッタリ”とは全く次元が異なる(笑)。本当に、いやらしくないのだ。もうそれは中学生男子が鑑賞しようとも、決して”オカズ”にはなり得ないほどに(笑)。

 

前述したように恋人ジェーンは、架空の人物(と思われる)。したがって、この恋愛にまつわるシークエンスは、本作のドラマ性を定義づける重要な要素として創作されたものであることは間違いないだろう。

つまり、本作のラブストーリーとしての一面が、主人公チェットの”人となり”や”生き様”に奥行きを生み出しているのだ。

 

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凄まじいばかり、、天才のイキザマ

この映画、終盤に差し掛かるまでは、前述したラブストーリーとしての要素が全面に押し出されているように(観ていて)感じる。そのため、「ジャズミュージシャンの映画だけど、ジャズ映画とは言えないよな〜」などと思いながらスクリーンを眺めていた。

 

 例えば中盤、イーサン・ホーク自身の歌声が披露される”マイ・ファニー・ヴァレンタイン”のシーン。これはジャズ音楽的な”みどころ”でもあり、また、ふたりの関係性がある意味”最高点に到達した”高揚感を醸し出す重要な役割を果たしている。ただ、未だこの時点ではJAZZをど真ん中に感じるには至らない。

 

(ちなみに、イーサン・ホークの歌声が驚くほどイイ!)

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 ところが終盤、俄然ぶっとい”JAZZ感”が急速にたたみかけてくる。それは”天才”がゆえに直面する”壁”との対峙。その凄まじいばかりの葛藤と憂いは、もうジャズ以外の何物でもない。

 

このクライマックスに見せる静かなシークエンスは、まるでヒット作『セッション』のラストを”負の側面から垣間見た”ような趣きを感じるし、さらには『リービング・ラスべガス』のラストをポジティブに解釈したような佇まいにも見えてくるのだ。

 

私はこのラストシーンで急に嗚咽しそうになり、思わず口を押さえてしまった。

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<主人公チェットへの感情移入を促す二つの人間関係>

マイルス・デイビス

チェット・ベイカーとほぼ同時代にジャズ・シーンを席巻した名トランペッター。

本作では、白人でしかもミーハー的な人気を博す主人公に違和感を憶え、(内心では一目置きながら)本人に対しては厳しい言葉を放ち、名門クラブ”バードランド”へのチェットの出演を拒否する”一癖あり”な先達ミュージシャンとして登場する。

一方、チェットにとっては自分自身のアイデンティティに関わるほど、リスペクトしてやまない業界の重鎮であり、(裏返せば)トラウマの根源ともなっている存在である。

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(マイルス役はケダー・ブラウンが演じている。その目つきや所作、喋り方に到るまで笑えるくらい似ている!彼の情報はネットで見ても日本語の情報はあまり出てこない。もうマイルスのモノマネ芸人としてだけでも食べていけるんじゃないかって勢い 笑笑。)

 

チェットの父親

物静かなタイプながら、息子の奔放な生き方に対する嫌悪感を隠さない父親

大怪我からの再起を図るため、一時帰省してきたチェット。そんなチェットやジェニーに対し歯に絹着せぬ辛辣な言葉を投げかける。その言葉は、愛情の裏返しによるものなのか、あるいは本物の嫌悪感の現れなのかは、観ていてもよくは判らない。

しかし、そんな父親に対するチェットの計り知れない”承認欲求”が見え隠れするシーンも見られるなど、実は彼のモチベーションに多大なる影響を与えている存在。

 

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実は、主人公チェットと上記二人との間柄は、映画『セッション』における若きドラマー”アンドリュー”と鬼教授”フィレッチャー”との関係性を彷彿とさせる。とはいえ、チェット・ベイカーマイルス・デイビス父親にしごかれる訳ではない(むしろ逆に、シカトされているに近い)。ただ彼らは、チェットを決して承認せず、そのパフォーマンスや生き方を揶揄し続ける存在。

つまり、この2作品の人間関係は、極めて精神的な面において相似形をなしているように見えるのだ。

 

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『セッション』において、久々に再会したアンドリューにかけるフレッチャーの言葉がある。彼の”一流ミュージシャン輩出”に関する信条をあらわす”あのセリフ”だ。

それは、まるで本作『ブルーに生まれついて』におけるチェット・ベイカーの生き様を解説する言葉にも聞こえてくるのだから面白い。

 

 (2016.12.30.)

 

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