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世界中が求める究極の”お母ちゃん”像。映画「湯を沸かすほどの熱い愛」について

「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016年)

監督・脚本:中野量太

主演:宮沢りえ

配給:クロックワークス


映画「湯を沸かすほどの熱い愛」ショートレビュー

 

【あらすじ】

主人公は、幸野家が営む銭湯「幸の湯」のオカミ<双葉(ふたば)>。1年前に亭主<一浩>が突然失踪したことにより、銭湯は休業を余儀なくされていた。

そんな状況のもと、双葉がパートに出て生計を立てていたが、ある日勤務中に倒れてしまう。彼女はステージ4の末期癌に侵されており、もはや手術や放射線治療を施しても効果が期待できないほど、病は進行していた。余命2ヶ月を告知された双葉は一晩激しく落ち込むも、ある決断をして立ち直る。

 

その決断とは、近い将来に遺された”家族”が、しっかりと自分の足で歩んでいける素地を築き上げること。

具体的には、

(1)失踪した亭主を呼び戻し、「幸の湯」の営業を再開させること

(2)心は優しいが少々気の弱い娘<安澄>の背中を押して、独り立ちできるようにすること

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双葉は、この二つの目的を実行すべく気丈にも行動を開始するのだった。

その結果、銭湯の営業再開は実現し、安澄は”いじめっ子”を撥ね付ける強さを身につけ、一浩と(これまた家出した)愛人との間にできた娘<鮎子>も加えて4人での新たな家族生活が始まる。

 

ある日、双葉は一浩に銭湯の留守番を託し、娘2人とのドライブ旅行に出かける。一浩には、「自分の病について娘に説明する場を設けるため」と説明するが、実はもう一つ大きな目的があった。。

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【感想・みどころ】

なんかベタなタイトルだなぁ、と思っていた。観るまえは。

観てみると、確かにタイトルに違わず熱い愛に溢れた映画。もうこのタイトルしかないだろうこの映画には、と逆に納得してしまった。

 

主人公は不治の病により余命幾ばくもない主婦。”お涙ちょうだい系の物語”にはありがちな設定だったりするが、本作は他の作品とはかなり趣が異なる。主人公の”あぁ、可哀そう”を描いた物語ではないのだ。

自らの運命を悟った彼女は、その信条と決断に従い、壊れてしまった家族や家業、そして壊れかけた子供たちの心の修復と再生に心血を注いでいく。

 

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これは、”哀しさ”とポジティブな”熱さ”のハイブリッド構造をもつヒューマンドラマ。

ともすれば、あざとく、ワザとらしく見えかねない難しい役だが、宮沢りえが演じると”自然に”且つ”カラッとした空気感すら纏って”見えてしまうのだから不思議。

あの、本当はココロがバキバキに折れてもおかしくない状況で、凛とした佇まいを残しながら、気丈に目的に向かって歩き続ける主人公を、もはや涙なしで観ることなどできない。そんな彼女を支えるものは、ほかならぬ周囲への愛情なのだから。

 

一貫して、残された僅かな時間を周囲のためにばかり費やす主人公。

しかし終盤、主人公が”ひとつだけ”自分のために取る行動がある。その顛末は、実に深い”哀しみ”と”コミカル”さが表裏一体となった、映画史に残る名シーンではないだろうか。彼女は、”聖人君子”でも”女神”でもない。常に誰かと愛情を感じ合っていなければ、もはや前向きに生きてなど行けないひとりの女性だ。

だからこそ、その生き方は崇高で、観る者の心を掴むのだろう。

 

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また、”長女”安澄を演じる杉咲花の演技も素晴らしい。あの心優しくも繊細で”弱っちい”感じの演技表現はもうリアル云々のレベルを完全に超越している。だからこそ、殻を抜ける(現状を打破する)瞬間に見せる、”空気の震え”のようなものを観客は感じることができるのではないだろうか。

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そして、終盤で初めて主人公が娘に打ち明ける秘密。実はこれは、序盤の安澄が踏み出した”冒険”の動機を根底から覆しかねない衝撃的な事実。たとえ自分は(この子から)嫌われても、強く巣立って欲しい。この無償の愛に基づく決断を”死に際に”実行に移した主人公の”切実なる”想いを、涙なしに受け止めることなど出来るはずがない。

要は、随所に激しく涙腺を刺激する仕掛けが満載の映画なので、涙もろい人は通常より多めにハンカチを用意することをお勧めしたい(笑)。

 

さらに、この重厚でリアルでポジティブでユーモアに溢れた物語を締め括るファンタジックなラスト!ここで初めて表示されるこの映画のタイトルに、もはや”違和感”など微塵も感じられないのだ。

  

湯を沸かすほどの熱い愛 (文春文庫 な 74-1)

湯を沸かすほどの熱い愛 (文春文庫 な 74-1)

 
『湯を沸かすほどの熱い愛』オリジナルサウンドトラック

『湯を沸かすほどの熱い愛』オリジナルサウンドトラック