笑えて泣けて、あったかい。。映画「アスファルト」について。
「アスファルト」(2015年)
”笑い”というのは実に奥深い。意外に、それは”恐怖”や”哀しみ”といった一見異なる感情の機微と表裏一体だから。
本作は、特に独特の”ユーモア(あるいはエスプリ?)”と”哀切感”との取り合わせが極めて印象的な傑作と言える。
【あらすじ】
舞台はフランスの、いわば低所得者層が多く住んでいそうな集合住宅。ここの入居者四人から織り成される三組の男女の”出逢い”と”交流”を軸に物語が展開する。
1.”孤独な少年”と”落ち目の女優”
少年は高校生ぐらいだろうか。母親は何故か殆ど帰宅せず、ほぼ一人暮らしの状態。近所に悪友はいるものの、孤独を癒すことはできていない。
ある日、彼が住む部屋の向かえに中年女性が引っ越してくる。彼女が鍵をインロックしてしまい、外に締め出されたことをきっかけに”ふたり”の交流が始まる
2.”息子と暮らせない女性"と”宇宙から不時着したNASAの宇宙飛行士”
宇宙ステーションでの任務を終えたNASAの宇宙飛行士だが、何かの手違いかトラブルにより、この映画の舞台となっているフランスの団地(屋上!笑)に不時着してしまう。
地上(異国)での通信手段を持たぬ彼は、とっさに団地の部屋を訪ね、住人から電話を借りる。その部屋に住んでいたのはアルジェリア出身の孤独な壮年女性だった。
3.”事故で歩けなくなった男性"と”夜勤中の看護師”
職業など素性は不明だが、とにかく利己的で協調性のない男性(笑)。彼の”ワガママ”ぶりは冒頭のシークエンスで描かれる。
ある日、彼は自室での不慮の事故により、一時的に歩けなくなってしまうのだが。。
素直になれないその性格ゆえに取った”奇異な行動”が、偶然の出逢いをもたらす。
【みどころ】
冒頭、団地の入居者による”エレベーター改修”をめぐるミーティングの様子が映し出される。もう、実はこのシーンが結構な爆笑もの。ミニシアター向け映画特有の小洒落た雰囲気(?)を醸しつつも、けっこう序盤は”ストレート”な笑い満載の流れをみせる。(しかし、意外に劇場は静かだったが 笑。)
そして次に、同じ団地に住む少年の孤独な”暮らしむき”を描くシークエンスへ。
彼が自転車を漕いで外へ飛び出すシーンがまた印象的。ここで彼の背中を追うカメラワークと流れる音楽が絡み合い、妙に(理屈ぬきで)哀切感を醸し出してくるから不思議。作品全体の奥深さ(※笑いと哀しみのコラボレーション)を象徴するようなプロローグと言える。
本作における”笑い”と”哀しみ”のエッセンスは、その両者が渾然一体となって溶け合っているわけではない。序盤からジワジワと笑わせつつ我々を物語世界へ引き込みながら、次第に、各々が抱える孤独感(もしくは喪失感)を漂わせてくる。
その孤独の正体は、劇中で”はっきりとは”明かされない。しかし、偶然の”出逢い”により湧き出してきた希望によって、皮肉にも深い苦悩を背負ってきた過去が浮き彫りになってくるという、なんとも巧みな構造を成している。
だから、深い孤独感に溢れた物語ながら、観客は清々しい気分で劇場をあとにできるのだ。
【三つの物語を関連づけるシークエンス】
この映画は前述したように、三組の男女の出逢いによる三つのストーリーで構成されている。ただ、オムニバスではない。それぞれの物語を成すシーンが入り混ざって進行していく。三組の登場人物同士が途中で関わりを持つかもしれないし、持たないかもしれない(このあたりは、是非ご自分で鑑賞して見届けて欲しい 笑)。
ただ(同じ団地に住んでいることを除けば)一つだけ、三つの物語に共通したシークエンスがある。それは劇中、度々耳にする”不穏な物音”だ。ある者には”子供の悲鳴”に聞こえ、またある者には”悪魔の雄叫び”にも聞こえる。昔サーカスから逃げ出した虎の鳴き声だ、という者までいる。
登場人物をめぐる背景について、あまり詳しくは説明されない映画だが、皮肉なことに、この物音の正体はラストシーンで明かされる。
そして、そのラストが意味するものは何だったのだろうか。。。
人間は”思い込み”の動物だ。親しい間柄の相手でさえ、お互いに”本当の意味で”理解し合うことなど中々出来ないだろう。本作の登場人物とて、出逢った相手の事をよくは解っていない。ところが、それでも”人はお互いに心を通わせ、癒しあうことができる筈だ”という暖かな希望を本作は指し示していると言えるのではないだろうか。
制作年:2015年
制作国:フランス
監督・脚本:サミュエル・ベンシェトリ
上映時間:100分
配給:ミモザフィルムズ